受験勉強を1人だけでやってはいけない理由
受験勉強を1人だけでやってはいけない理由
基本的に、勉強は1人でやるものだ。
だが、受験勉強を1人だけでやってはいけない。
矛盾しているが、このことは非常に重要だ。
志望校に合格を目指すのであれば、このことを強く意識することをおススメする。
勉強は1人でやるもの
基本的に、勉強は1人でやるものだ。
例えば、英単語を覚えるときに、隣に先生や親、友達がいても気が散るだけだ。
テストも同じで、テスト中に隣の席に先生や親に座ってもらうわけにはいかない。
試験は自分1人の力で突破しなくてはならない。
つまり、勉強は1人でやらねばならない。
1人で勉強するのはNG
だからといって、1人で勉強するのはNGだ。
最終的には、1人でやらなくてはいけないのだが、そこに至るまでは周りの人達といっしょに勉強した方が良い。
というより、そうしなければ学力が伸び悩むことになるだろう。
その理由は2つだ。
受験は周りとの闘い
1つ目の理由は、「受験は周りとの戦い」だからだ。
志望校の定員数が300名であれば、
「300位以上なら合格。301位以下なら不合格。」
入試とはそのような試験だ。
つまり、「ちょうど300位の人」との勝負になる。
その「300位の人」に勝てば合格、負ければ不合格ということだ。
受験と聞くと、なんとなく「自分との戦い」をイメージしてしまう。
だが、本質的には「他人との戦い」なのだ。
受験戦争なんて言葉があるが、まさにその通りだ。
勝てば自分の夢に近づき、負ければ自分の夢から遠のく。
そして、幸か不幸か、小学校に入った時点から、この戦いに強制的に参加させられてしまう。(もしかしたら、日本に生まれた時点からかもしれない。)
受験戦争に参戦しない方法もあるが・・・
もちろん、こんな下らない争いに参加しない方法もある。
例えば、プロ野球選手を目指すなどだ。
「学歴の関係ない職業」を目指すのであれば、こんな争いに参加する必要は全くない。
しかし、こちらの世界の方がはるかに熾烈な争いになる。しかも、物凄くハイレベルの。
プロ野球選手になれるのは、毎年100人程度しかいない。東大ですら毎年3,000人程度も合格できるのに。
さらに、東大・京大・慶應・早稲田・医学部などのいわゆる難関大(難関学部)なら、毎年約20,000人も合格できる。
そう考えると「学歴の関係ない職業」を目指す方が圧倒的にハードルが高い。
受験なんて屁みたいレベルだ。
これら両方の争いに参加しない方法もあるのだが、その場合は、おそらく自分のやりたくないことを毎日やらされる。そんな人生になってしまうだろう。
受験戦争に参戦した方が得策
色んなことを考慮すると、今の日本であれば、受験戦争に参戦する方が得策だ。
そして、受験戦争に参戦するのであれば、「強烈に周りを意識すべき」なのだ。
自分が90点取ったとしても、合格者全員が91点以上取ったならば、不合格になってしまう。
90点取って自己満足しても全く意味がない。常に周りを意識すべきなのだ。
ほとんどの子供は受験戦争に参戦している自覚がない
しかし、不思議なことにほとんどの子供が受験戦争に参戦している自覚がない。
本来であれば、「みんなで仲良く昼ご飯」なんてことにはならないはずだ。
あいつが合格すれば、自分は不合格。
自分が合格すれば、あいつは不合格。
そんなことを考えていたら、とても笑いながらご飯を食べてはいられない。
だが、実際はこんなギスギスした関係になることはまずない。
これにも理由がある。
高校1学年の生徒数は約300人。それに対して、例えば、東大の合格者数は約3,000人。
つまり、生徒全員が東大に合格できる計算になる。
それに、生徒全員が東大を目指すなんてことはまずない。特殊な進学校でもない限り、東大を目指すのは、せいぜい上位10人くらいだろう。
そのため、志望者全員が合格できる可能性がある。
だから、
「よし!みんなでいっしょに合格しようぜ!」
そんな感じになってしまうのだ。
もちろん、それは素晴らしいことだ。
だが、それと引き換えに、「受験戦争に参戦していること」に気付きにくくなる。
戦場にいるのに、平和だと勘違いしてしまう。そんな感じだろうか。
そして、気付くのは受験直前期だ。
だが、気付いたときにはもう遅い。
「あれ?自分の志望校に行けない・・・」
そんなことになってしまう。
「脱」学歴社会の風潮が周りを意識しづらくさせている
また、「脱」学歴社会の風潮が周りを意識しづらくさせている。
「子供のうちから勉強ばかりやらせるのは可哀想。もっと自由にさせてあげるべきだ」
最近は、そんな風潮がある。
たしかに「お受験!お受験!」なんてことばかり言っている親を見ると滑稽に見えるし、その子供のことを不憫に感じてしまう。
「学歴社会から脱する」という考えには、私も概ね賛成なのだが、賛成しかねるところもある。
それは、学歴に変わる武器を身につけさせようとしていないところだ。
勉強ばかりやらせるのは可哀想。
でも、勉強の代わりに何かをやらせるわけでもない。
ある意味、放置だ。
放置するくらいなら、勉強させてあげた方がまだマシに思える。
つまり、今の風潮は
「学歴もない、かといってそれに変わる武器もない」
そんな子供達を造り上げてしまいかねない。
そんなことになれば、最終的に勝つのは学歴のある人だ。
つまり、学歴社会に戻ってしまう。
おそらくだが、「脱学歴社会」を目指しても、結局は「学歴社会」に落ち着くような気がする。
というよりも、大学側が「学歴だけの人材を造らないように」徐々に変化していくように思われる。実際、AO入試などが増えてきた。
いずれにしても、しばらくの間は「学歴」が活躍する世の中になるはずだ。
そう考えたときに「受験戦争に参戦していること」を子供に教え込むのは、親や先生の義務にも思う。
少なくとも、この記事を読んでいる方が親や先生であれば、子供にそう教えて欲しいし、読んでいる方が当事者であれば、そのように思って欲しい。
目に見える「敵」を創り上げるべし
これらの理由からなかなか周りを意識することができない。
だが、やはり受験を乗り越えるためには、周りを強烈に意識すべきだ。
受験は「周りとの戦い」なのだから。
周りを意識できなくしている一番の要因は、「本当の敵」が見えないことだ。
本当の敵は、隣の学校にいるかもしれないし、隣の県にいるかもしれない。
少なくとも、学校内にはいない。
目に見えない敵を意識するのは容易ではない。
つまり、目に見える「敵」を意図的に創り上げる必要がある。
例えば、志望校合格ラインが校内順位50位以内ならば、校内順位が50位の人を「本当の敵」だと見なしてロックオンする、など。
「こいつには絶対に負けたくない!」
不思議なもので、このように思うだけでも、勉強の意欲が格段に上がる。
ロックオンされた側はいい迷惑なのだが、実害があるわけでもないので、そこまで問題にはならないだろう。
ただ、志望校が被っている場合は、実害になる可能性がある。
そんなときは、2人でいっしょに合格を目指せばいいだけだ。お互いが切磋琢磨することで2人ともが合格できる可能性が高くなる。
受験勉強はつまらない
勉強を1人でやってはいけない理由がもう1つある。
受験勉強がつまらないからだ。
ただ、勉強には大きく分けて2つあることを先に説明しておく。
1つ目は「受験や資格試験に合格するためだけにやる勉強」。
2つ目は「自分の知的好奇心を満たすためにやる勉強」。
今、つまらないといったのは「1つ目」の方だ。「2つ目」の方は当然面白く感じる。
例えば、将来英語を全く使う気もないのに、受験を突破するためだけに勉強している人にとって、英語は全く面白くない。
一方、「好きな海外映画を吹き替えでなく、生の英語で聞きたい!」
このように考える人は、英語の勉強が物凄く楽しく感じるだろう。
前者は英語の実力が伸び悩み、後者はぐんぐん伸びていく。
受験勉強を後者のように捉えられれば良いのだが、そう簡単にはいかない。
なぜなら、英語、数学、国語、理科、社会と学ぶべき教科がたくさんあるからだ。
どうしても「好き嫌い」が出てきてしまう。
すべてに対して知的好奇心を持つことは簡単ではない。(持てる人はおそらく東大に行ける。)
少なからず「受験に合格するためだけの勉強」が出てきてしまうのだ。
この勉強はなかなかつらい。勉強していても全く面白くない。
高名なお坊さんのように自分を律することができない限り、1人で勉強するのはほぼ不可能だ。
周りの人といっしょに勉強すべし
このようなつまらない勉強は、周りの人といっしょに勉強することをおススメする。
つまらない勉強でも2人でやると面白くなることが多い。
例えば、英単語をクイズ形式で出し合うなど。
あとは、「どちらが速く解けるか」を勝負するなど。
また、「自分1人ではどうにも勉強のやる気が出ないとき」などに、友達を誘うとモチベーションを保ちやすくなる。
ただし、友達と勉強するのにはリスクもある。
例えば、いっしょに遊んでしまう、あるいは、自分が勉強に集中しているときに休憩に誘われてしまう、などだ。
友達と勉強するとそういったリスクも発生する。
諸刃の剣ではあるのだが、「どうしても勉強のやる気が出ないとき」は、友達を誘う方が良いだろう。
ただし、その場合は、相手の勉強の邪魔をしないことを十分に注意する必要がある。もし、遊びに誘えば、相手もつられてしまうはずだ。少なからず、自分を律することが重要だ。
子供に「勉強しなさい!」といっても、子供がやるわけがない
親や先生視点の話になるが、子供に「勉強しなさい!」といっても、子供がやるわけがない。
それなのに、そのようにしている人が、実に多いように感じる。
そもそも、「勉強をしなさい」と言われる子供は、勉強に対して全く興味ないのだ。
その子供に対して「勉強しろ」といっても、全く心に響かない。
言うだけムダだし、双方にストレスが溜まるだけだ。
強制的にやらせる方法もあるのだが、それでは子供にストレスが溜まり、次第に反抗するようになるだろう。
まずは、勉強に対して心を向けさせなくてはならない。
そのためにおススメなのが、「勉強をいっしょにやろう!」と声をかけることだ。
決して「勉強をしなさい!」ではない。
先述のように、つまらない勉強でも1人でやるより2人でやった方が楽しくなる。
受験からしばらく離れている親にとっては、解けない問題も出てくるかもしれない。
だが、それはそれでいいのだ。
調べることで知識も身につくし、子供に教えることもできる。
場合によっては、子供が教えてくれるかもしれない。
子供が親に教える機会なんて滅多にないから、子供にとっても新鮮な体験だ。
優越感を覚えて、勉強に前向きになってくれるかもしれない。
いずれにしても「勉強をしなさい」よりは、ポジティブな反応が返ってくるはずだ。
まとめ
受験勉強を1人でやってはいけない。
受験は周りとの戦いだ。強烈に周りを意識することをおススメする。
また、受験勉強はつまらない。1人でやるより2人でやる方が面白くなる。周りの人と協力しながらやることをおススメする。
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